dynamic range(ダイナミックレンジ)

測定器の翻訳で、dynamic range(ダイナミックレンジ))という言葉がよく出てくる(例えば、発生頻度の低い信号の広帯域/高ダイナミック・レンジ測定による複雑なシステム/環境の特性評価)。

最も広い意味での測定器のダイナミックレンジは、測定器に入力可能な最大信号レベルと測定器で識別可能な最小信号レベル(ノイズフロアレベル(表示平均雑音レベル))との差(比)である。

しかし、測定器では、信頼性と再現性の高い信号レベルの測定値が得られなければ意味がないので、与えられた測定の不確かさで測定可能な最大信号レベルと最小信号レベルの差は、上のダイナミックレンジの定義よりも小さくなる。

ダイナミックレンジを制限する要因として、スペクトラム・アナライザでは、入力信号を増幅する増幅器や周波数変換するミキサの利得圧縮(入力信号レベルが高いと、信号レベルが圧縮され不正確になる)や、2次高調波歪み3次相互変調歪み位相雑音(入力信号レベルが高いと、測定器の内部で発生するこれらの歪み成分により、測定対象の低レベル信号を識別できなくなる)などがある。

ダイナミックレンジについては、以下を参照。

RF/マイクロ波スペクトラム・アナライザのダイナミック・レンジの最適化

First-order PLL、Second-order PLL(1次PLL、2次PLL)

ジッタ解析に関する翻訳で、First-order PLL、Second-order PLL(1次PLL、2次PLL)という言葉がよく出てくる(例えば、ジッタ解析のp5)。

PLLとは、外部からの入力信号(基準信号)と同期した(位相差がゼロの)出力信号を生成するための回路である。PLLの動作は、以下のように表わすことができる。

(1) PLLへの入力信号(基準信号)をA1cos(ωt+φ_in(t))、PLLからの出力信号をA2cos(ωt+φ_out(t))とする。

(2) これらの信号が位相比較器(ミキサなどの掛け算回路)に入力され、誤差信号として位相比較器から

v_detector(t)=(K_detector・A1・A2/2)sin(φ_in(t)-φ_out(t))、K_detectorは位相比較器の利得
≒(K_detector・A1・A2/2)(φ_in(t)-φ_out(t))、φ_in(t)-φ_out(t)<<1の場合
=(K_detector・A1・A2/2)φ_error(t)、φ_error(t)=φ_in(t)-φ_out(t)は位相差

が出力される。この式の両辺をラプラス変換すると(時間領域の信号表現をs領域の信号表現に変換すると)、

v_detector(s)≒K_detector・φ_error(s)

となる。

(3) このv_detector(s)が、伝達関数がF(s)のループフィルターを通るので、その出力v_filterは、

v_filter(s)=F(s)・v_detector(s)

となる。

(4) v_filter(s)が電圧制御発振器(VCO)に入力され、その出力がフィードバックされて、再度位相比較器に入力される。

VCOは、VCOへの入力信号電圧v_filter(t)に応じてVCOの出力信号の周波数ω_vco_out(t)を可変するデバイスなので、

ω_vco_out(t)=ω_c+K_vco・v_filter(t)、ω_cは中心周波数、K_vcoはVCOの利得

と表わすことができる。周波数ωは位相φの変化率(時間微分)なので(ω(t)=dφ(t)/dtなので)、VCOの出力信号の位相φ_vco_out(t)は、ω_vco_out(t)を積分して、

φ_vco_out(t)=∫ω_vco_out(t)dt=ω_c・t+K_vco∫v_filter(t)dt

となる。したがって、VCOの出力信号電圧V_vco_out(t)は、

V_vco_out(t)=A0cos(φ_vco_out(t))=A0cos(ω_c・t+K_vco∫v_filter(t)dt)

となる。

この信号がPLLの出力信号であり、また、フィードバックされて、再度位相比較器の入力信号にもなる。この信号の初期位相K_vco∫v_filter(t)dtを、

φ_out(t)=K_vco∫v_filter(t)dt

と表し、両辺をラスラス変換すると、

φ_out(s)=K_vco(v_filter(s)/s)

となる。

以上の(1)~(4)をまとめると、PLLに、初期位相φ_in(t)の基準信号が入力されると、最初に位相比較器で初期位相φ_out(t)のフィードバック信号との位相差に比例する信号v_detector(t)が生成され(v_detector(s)≒K_detector・φ_error(s))、その信号が伝達関数がF(s)のループフィルターを通り(v_filter(s)=F(s)・v_detector(s))、その電圧v_filter(t)に応じてVCOから初期位相φ_out(s)=K_vco(v_filter(s)/s)の信号が出力され、その初期位相φ_out(t)の信号がPLLの出力信号となるのと同時に、再度位相比較器にフィードバックされ、ループすることにより(基準信号の初期位相φ_in(t)との差(φ_in(t)-φ_out(t))がゼロに近づき)位相同期が行われる。

ここで、入力がX(s)、出力がY(s)、順方向経路の伝達関数(ゲイン)がP_forward(s)、フィードバック経路の伝達関数(ゲイン)がP_feedback(s)の典型的なフィードバック制御系の閉ループ伝達関数H(s)は

H(s)=Y(s)/X(s)=P_forward(s)/(1+P_forward(s)・P_feedback(s))

である。

上で説明したPLLにこれを適用すると、順方向経路の伝達関数(ゲイン)は、位相比較器の利得(K_detector)、ループフィルターの伝達関数F(s)、VCOの利得(K_vco)、VCOでの積分演算(1/s)を掛けたもので、

P_forward(s)=K_detector・F(s)・K_vco・(1/s)

で与えられ、フィードバック経路には何もないのでその伝達関数(ゲイン)は、

P_feedback(s)=1

で与えられるので、PLLの閉ループ伝達関数H(s)は

H(s)=φ_out(s)/φ_in(s)=K・F(s)/(s+K・F(s))、K=K_detector・K_vco

となる。

ループフィルターがない場合は、F(s)=1なので、

H(s)=K/(s+K)

となる。この場合、分母がsの1次式なので、1次のPLLと呼ばれる。

ループフィルターが、CRフィルターの場合は、時定数T=RCを用いて、F(S)=1/(1+sT)と表されるので、

H(s)=K/(s(1+sT))

となる。この場合、分母がsの2次式なので、2次のPLLと呼ばれる。

1次のPLL、2次のPLLについては、以下を参照。

Unlocking the Phase Lock Loop – Part 1(英語pdf)

PRINCIPLES OF PHASE LOCKED LOOPS(PLL)(英語pdf)

CAN FD

シリアルバスの測定に関する翻訳に、CAN FDという言葉が出てくる(例えば、CAN FDアイダイアグラム・マスク・テスト)。

最近の自動車には、ECU(Electronic Control Unit)と呼ばれる自動車制御用コンピュータが多数搭載され(100個以上搭載している自動車もある)、電子制御により高度な機能(パワートレイン制御(エンジンやトランスミッションの制御)、ボディー制御(パワー・ウィンドウ、ドアロック、ミラーなどの制御)、安全制御(各種センサで取り込んだ車外情報によるブレーキ制御など)など)を実現している。また、これらの機能は互いに関連することが多いので、各ECU間でデータ通信を行って協調動作する必要がある。しかし、各ECUをそのデータ専用の個別のワイヤで配線すると、ECUの数が多い場合は、配線の数が膨大になり、配線の重量やスペースが増え、コストの増加、信頼性の低下、故障診断や設計変更が困難になるといった問題が生じる。

このような問題を解決するために、各ECU間のデータ通信を行なうための車載ネットワーク規格として広く用いられているのが、ドイツの電装メーカのBOSCH社が1986年に仕様を公開し、1993年に国際標準化機構によりISO 11898として規格化されたCAN(Controller Area Network)である。CANでは、各ECUが1本の通信線上にぶら下がっていて、1本の通信線を共有している。CANは、マルチマスター方式なので、各ECUを同じ仕様で設計でき、ECUの追加が容易である。マルチマスター方式のため、通信の衝突を回避するために、送信データに優先順位を付けて、複数のECUからデータが同時に送信された場合に優先順位の高いものが送信されるようにしている。1回に送信できる最大データ量(1つのデータフレームの最大ペイロード(データフィールド))は8バイトで、通信速度は最大1Mbpsである。

CANは、国際規格になってから20年以上経過し、その間に電子制御も高度化したので、最大1Mビット/sの通信速度ではデータ伝送容量が不足するようになった。これを解決するために、2000年に欧州のメーカを中心にFlexRayコンソーシアムが結成され、CANの後継規格として、伝送速度の向上(10Mbps)、ネットワーク構成の柔軟性の向上(バス型、パッシブ・スター型、アクテブ・スター型)や信頼性の向上(完全2重化など)のためにFlexRayという規格が策定された。しかし、FlexRayは高価なので採用が進んでいない。これに対して、BOSCH社が新たに策定したのが、CAN FD(CAN with Flexible Data rate)という規格で、2015年に ISO 11898-1:2015として規格化された。CAN FDでは、1つのデータフレーム内のデータフィールドが8バイトから64バイトに拡張され、通信速度が1Mbps以上に高速化されている。

CAN FDについては、以下を参照。

【車載情報技術】車載ネットワーク 「CAN」 「CAN FD」

CAN FD – The basic idea(英語ページ)