MUSIC

レーダーのシミュレーションに関する翻訳に、MUSICという言葉が出てくる(例えば、Keysight W1908 車載レーダーライブラリのp2の図1)。

MUSICは、MUltiple SIgnal Classificationの略で、アレイ・アンテナを用いて、波源(電波の発射元)の個数とそれらの方向を推定するための手法(アルゴリズム)である。マイクロフォン・アレイを用いて音源の方向を推定するためにも利用されている。

アレイ・アンテナにより波源の方向(電波が飛んで来る方向という意味で到来方向(Direction of Arrival、DOA)と呼ばれる)を推定する手法として最も基本的なものは、ビームフォーミング法である。この手法では、アレイ・アンテナを構成する各アンテナ素子からの信号の位相を調整することにより、メインローブ(アレイ・アンテナの指向性が最大となる方向で、主ビームとも呼ばれる)を形成し、それを全方向にわたって走査することにより、アレイ・アンテナからの出力が大きくなる方向を波源の方向として求める。この手法では、近接した方向を分離するために(高い角度分解能を得るために)指向性の鋭いメインローブが必要であり、そのために、素子数の多い(したがって、高価な)アレイ・アンテナが必要になるという欠点がある。少ない素子数で角度分解能を大幅に高める手法として、MUSIC法がある。MUSIC法も軍事技術での研究が元になっているが、素子数が少なく安価に高分解能が得られることから、自動車に搭載する衝突防止用ミリ波レーダーや電子機器のノイズ源の探知などでの利用が研究されている。

MUSIC法は、RALPH 0. SCHMIDTが「Multiple Emitter Location and Signal Parameter Estimation」という論文で名付けた方法で、ここで詳細に説明するのは難しいが、概要は以下のようである。

K個のアンテナ素子が配置されたアレイ・アンテナに、L個の波源から角度θ_l(l=1、2、…、L)で平面波が到達すると、各素子で受信される信号は、行路差d_k×sinθ_l(k=1、2、…、K)に起因する位相差φ_k(l)=2π×(d_k×sinθ_l/λ)のみが異なる信号である。したがって、l番目の到来波の時刻tにおける各素子での複素信号をs_l(t)として、各アンテナ素子が無指向性で素子間結合がない場合は、各素子での時刻tにおける受信信号は、

x(k,t)=Σs_l(t)×exp(jφ_k(l))+v(k,t)、Σはl=1からLまでの和、v(k,t)は平均0、分散σ^2の各素子の内部白色雑音(熱雑音)で各素子毎に独立であると仮定する

と書ける。上の式の各素子の受信信号x(k,t)、k=1、2、…、Kをまとめて転置ベクトルX(t)=[x(1,t)、x(2,t)、…、x(K,t)]^Tで表し、exp(jφ_k(l))=exp(j(2π×(d_k×sinθ_l/λ)))、k=1、2、…、LをまとめてベクトルA=[a(θ_1)、a(θ_2)、…、a(θ_L)]で表し(ベクトルAは各素子での位相差を表し、方向ベクトル(ステアリングベクトル、モードベクトル)と呼ばれる)、s_l(t)、k=1、2、…、Lをまとめて転置ベクトルS(t)=[s_1(t)、s_2(t)、…、s_L(t)]^Tで表わし、v(k,t)、k=1、2、…Kをまとめて転置ベクトルV(t)=[v(1,t)、v(2,t)、…、v(K,t)]^Tで表わすと、

X(t)=AS(t)+V(t)

と書ける。ここで、各素子の受信信号の相関(コヒーレンス)を表わす相関行列Rxxは、

Rxx=E[X(t)X(t)~H]、E[・]はアンサンブル平均または時間平均、X(t)~HはX(t)のエルミート共役を表わす
=AE[S(t)S(t)~H]A~H+σ^2I、IはK×Kの単位行列
=ASA~H+σ^2I、S=E[S(t)S(t)~H]は到来波の相関行列 (1)

と表される。線形代数学の結果を用いると、入射するK個の信号に相関がない場合(インコヒーレントの場合)は、Rxxは、その固有値λ_kと固有ベクトルv_k、k=1、2、…、Kに分解でき、

Rxx=VΛV~H、ここで、V=[v_1、v_2、…、v_K]、Λ=対角成分が固有値λ_k(k=1、2、…K)の対角行列

となる。各素子での信号と雑音が無相関の場合は、固有値には、

λ_1≧λ_2≧…≧λ_L>λ_L+1=…=λ_K=σ^2

の関係があり、L個の固有値は雑音電力σ^2より大きく、(K-L)個の固有値はσ^2に等しくなる。この結果から到来波の個数Lがわかる。

また、σ^2の固有値に対応する固有ベクトルを[e_L+1、e_L+2、…、e_L+K]=[v_L+1、v_L+2、…、v_L+K]と書くと、(1)式から、

Rxxe_i=(ASA~H+σ^2I)e_i=λ_ie_i=σ^2e_i、(i=L+1、…、K)

が成り立つことから、ASA~He_i=0、(i=L+1、…、K)が得られる。AとSのランクはKで正則なので(入射するK個の信号に相関がないと仮定しているので)、A~He_i=0、(i=L+1、…、K)である。上でA=[a(θ_1)、a(θ_2)、…、a(θ_L)]と定義しているので、これは、

a~H(θ_l)e_i=0、(l=1、2、…、L;i=L+1、…、K) (2)

と書け、到来波の方向ベクトルと雑音の固有ベクトルが直交していることがわかる。

MUSIC法では、

Pmusic(θ)=a~H(θ)a(θ)/Σ|a~H(θ_l)e_i|^2、Σはi=L+1からKまでの和

で表される関数を定義し、θを掃引することにより、θが到来波の方向と一致すると(すなわち、θ=θ_1、θ_2、…、θ_Lのときに)、(2)式からPmusic(θ)の分母がゼロになり、Pmusic(θ)が鋭いピークを示すので、高分解能で到来方向を推定できる。

MUSIC法については、以下を参照。

狭帯域信号の到来方向推定

MUSIC法による高分解能推定

Multiple Emitter Location and Signal Parameter Estimation(MUSIC法の原論文)

RTD

データ収集システムに関する翻訳で、RTDという言葉が出てくる(例えば、Keysight 34970A データ収集/スイッチ・ユニットのp2)。

RTDは、Resistance Temperature Detectorの略で、測温抵抗体とも呼ばれる。RTD(測温抵抗体)は、温度が上昇すると電気抵抗が増加するという金属の性質(金属原子は一般に、最外殻の電子を放出して陽イオンになりやすく、放出された電子は、多数の金属原子の最外殻の重なりを自由に動き回れるので、電気を通しやすいが、温度が上昇すると、電子を放出した陽イオンの振動が激しくなり自由電子の走行が阻害され抵抗が増加する。室温付近では、金属の電気抵抗は温度にほぼ比例する)を利用した温度検出器である。工業用温度測定には、広い温度範囲で温度と抵抗の関係が一定で温度係数(単位温度当たり抵抗変化)が大きく、化学的に安定で経年変化の少ない白金(Pt)が使用され、日本工業規格、JIS C 1604-2013で規定されている。

測温抵抗体の抵抗値の測定には、2線式、3線式、4線式がある。2線式は、測温抵抗体の両端にリード線をつなぎ、定電流を流して電圧降下を測定しオームの法則から抵抗を計算する。2線式は、リード線が長い(リード線の抵抗が大きい)と誤差が大きくなるので、ほとんど使用されない。3線式は、測温抵抗体の一方の端に1本のリード線(抵抗値:r1)、もう一方の端に2本のリード線(抵抗値:r2と抵抗値:r3)をつないだものを使用する測定で、測温抵抗体の抵抗値をRとして、この文献の図のように、固定抵抗(抵抗値R1=R2の2つの抵抗)、可変抵抗(抵抗値R3)で、R1とR3+r2、R2とR+r1が対になるように(対向するように)ブリッジ回路を構成し、可変抵抗R3を調整して検流計に電流が流れないようにすると、R1×(R3+r2)=R2×(R+r1)が成り立つので、r1=r2の場合(リード線の長さが同じ場合)はR3=Rとなり、リード線の抵抗の影響を回避して測温抵抗体の抵抗値が得られる。4線式は、ケルビン接続によりリード線の影響を回避する方法である。

RTD(測温抵抗体)については、以下を参照

エム・システム技研のホームページ > エムエスツデーサイト > 計装豆知識 > センサ > 測温抵抗体の導線方式

DSRC

車載RF/マイクロ波システムの測定に関する翻訳に、DSRCという言葉がよく出てくる(例えば、FieldFoxハンドヘルド・アナライザによる車載RF/マイクロ波システムの検証/トラブルシューティングのp3)

DSRCは、Dedicated Short Range Communications(専用狭域通信)の略で、路車間(道路上に設置された無線設備(路側機)と自動車に搭載された車載器間)の狭い範囲での5.8 GHz帯を利用した近距離無線通信である。日本では、ARIB(Association of Radio Industries and Businesses、社団法人電波産業会)のARIB STD-T75として標準化されている(米国では、IEEE 802.11p)。

DSRCを用いたサービスとして最も有名なのが、ETC(Electroic Toll Collection、有料道路自動料金収受システム)である。ETC以外には、駐車場、ガソリンスタンド、ファーストフード店のドライブスルーでの利用も可能になってきている。また、リアルタイムかつ大容量の道路交通情報や安全運転情報を提供するITS(Intelligent Transport System、高度道路交通システム)の中心となるものである。

DSRCについては、以下を参照。

一般社団法人 建設電気技術協会のホームページ > 技術に関する話題 基礎講座 > 162 DSRC(狭域通信)の現状と動向

CXPI

シリアルバスの測定に関する翻訳に、CXPIという言葉が出てくる(例えば、InfiniiVision Xシリーズ オシロスコープ用シリアル・バス・オプションのp2)。

最近の自動車には、ECU(Electronic Control Unit)と呼ばれる自動車制御用コンピュータが多数搭載され(100個以上搭載している自動車もある)、電子制御により高度な機能(パワートレイン制御(エンジンやトランスミッションの制御)、ボディー制御(パワー・ウィンドウ、ドアロック、ミラーなどの制御)、安全制御(各種センサで取り込んだ車外情報によるブレーキ制御など)など)を実現している。また、これらの機能は互いに関連することが多いので、各ECU間でデータ通信を行って協調動作する必要がある。しかし、各ECUをそのデータ専用の個別のワイヤで配線すると、ECUの数が多い場合は、配線の数が膨大になり、配線の重量やスペースが増え、コストの増加、信頼性の低下、故障診断や設計変更が困難になるといった問題が生じる。

電子制御機能の内のボディー制御には、シンプルで低コストのLINの使用が適しているが、応答が遅いという欠点がある(マスターデバイスが順次スレーブデバイスをポーリングして通信を許可する方式で、スレーブ間通信はマスターを経由する必要があるので)。そこで、低コストで応答性を高めた車載通信規格として、日本発の国際標準を目指して社団法人自動車技術会が推し進めているのが、CXPI(Clock Extension Peripheral Interface)である。CXPIでは、CSMA/CR(Carrier Sense Multiple Access / Collision Resolution、搬送波感知多重アクセス/衝突解消)と呼ばれる方式を使用して、バスへのアクセスがなければどのスレーブも送信が可能で、同時に送信した場合もそれを調停する仕組みを備えているため、LInに比べて応答性が向上する。

CXPIについては、以下を参照。

日本発の車載LAN規格「CXPI」は「CANとLINのイイとこどり」

skew(スキュー)

高速デジタル回路測定に関する翻訳に、skew(スキュー)という言葉がよく出てくる(例えば、FPGAのデザインに適したI/Oアーキテクチャの選択)。

skewの一般的な意味は、「斜め」とか「歪み」であるが、高速デジタル回路の分野では、バス(ハードウェアの各要素がデジタルデータをやりとりするための経路。例えば、メモリコントローラとメモリ間のメモリバスなど)上の個々の信号線間の配線遅延に起因するタイミングのずれ(伝達時間の差)のことである。特にクロック同期式デジタル回路で設計されたLSIでは、すべての同期式順序回路(フリップフロップ)に同じタイミングでクロックを供給する必要があり、クロック回路から分配されたこれらのクロック信号間の遅延時間差はクロック・スキューと呼ばれる。

近年、バスは、データ転送の高速化により、複数の信号線を用いるパラレルバスから1対の差動信号線を用いるシリアルバスに移行してきているが、メモリモジュール内のバスやメモリやCPU内部のバスでは、複数のビットを同じタイミングで処理する必要があるので、パラレル転送が必要である。例えば最新のGPUでは、メモリバス幅が256ビットのものがあり、ピン数が非常に多く、配線遅延をなくすためにGPUのピンとメモリのピン間を等長で接続するのは非常に困難になる。したがって、PCのマザーボードのようにメモリモジュールを用いるのではなく、GPUを囲むようにメモリチップが直接配置されている。それでも、それぞれのピン間を接続するためには信号線を曲げる必要があるので(それぞれのピン間の信号線の距離が同じにならないので)、等長にするためにミアンダライン(蛇行した配線)が用いられたり、配線長を補正するためのトレーニング(電源投入時に遅延を予め測定して調整すること)が用いられている。

高速デジタル信号のタイミングのずれの問題については以下を参照。

基板設計がうまくいかない、高速信号を手なずけるには