digital beamforming(デジタル・ビームフォーミング)

移動体無線通信のシミュレーションに関する翻訳に、digital beamforming(デジタル・ビームフォーミング)という言葉がよく出てくる(例えば、W1906BEL 5Gベースバンド解析ライブラリ 5G研究向けのシミュレーション・リファレンス・ライブラリのp3)。digital beamforming(デジタル・ビームフォーミング)は、DBFと略されることが多い。

携帯電話などの移動体無線では、基地局と移動局との間の見通し線路が確保されることは少なく、周囲の多数の建物、看板、樹木などにより電波が反射、回折、散乱されて、多数の経路を通って複雑に重なり合い(パルチパス伝搬と呼ばれる)、受信強度が激しく変動(フェージング)し、符号間干渉が生じ、信号品質の劣化につながる。

このような状況では、送信アンテナから特定の方向のみに電波を送信(その他の方向への電波を抑圧)したり、受信アンテナで特定の方向のみの電波を受信(その他の方向からくる電波を抑圧)するように、アンテナの指向性を変化させることができれば、受信強度の激しい変動がなくなり、良好な信号品質を確保できる。このようにアンテナの指向性を特定の方向にだけ強くすることをビームフォーミングと呼ぶ。

移動体無線では、移動局が時々刻々に移動したり、天候も変化するので、パルチパスの伝搬状況も時々刻々と複雑に変化する。このような変化に適応するためには、アンテナの指向性も高速かつ複雑に変化させる必要がある。送信アンテナのビームフォーミングでは、移動局が受信した振幅や位相などの伝搬路情報をフィードバックして高速にデジタル信号処理を行ってビームフォーミングを行なう必要がある。これを機械的にアンテナを回転させて行なうのは困難なので、複数のアンテナ素子を並べて配置したアレーアンテナが用いられる。伝搬路情報のフィードバックに基づいて、アレーアンテナの各アンテナ素子から放射させる電波が受信位置で強め合うように高速にデジタル信号処理を行い、それをD/A変換して各アンテナ素子に給電する振幅と位相を調整して、ビームフォーミングを行なう。これが、デジタル・ビームフォーミングである。

また、デジタル・ビームフォーミングでは、デジタル信号処理により複数の特定の方向に指向性を持たせることも可能なので、同じ空間を同じ周波数で同時に複数の送受信が可能(空間多重化が可能)になり周波数利用効率も向上する。

デジタル・ビームフォーミングについては、以下を参照。

通信用ディジタルビームフォーミンクアンテナ-見えてきたインテリジェントアンテナとしての将来-

SAW resonator(SAW共振子)

インピーダンス・アナライザに関する翻訳で、SAW resonator(SAW共振子)という言葉がよく出てくる(例えば、インピーダンス・アナライザの利点のp3)。

SAWは、Surface Acoustic Wave(弾性表面波)の略で、弾性体(変形しても元に戻る性質(弾性)を持つ物体)の表面を伝わる波である。1855年にイギリスのRayleigh卿により、その存在が理論的に示された(弾性体の表面が自由境界条件(空気と接している場合などで、応力がゼロとなる境界)を満たすときに、表面に振動のエネルギーが集中する表面波(Rayleigh波)が生じることを示した)。弾性体を伝わる波は、その内部を伝わる実体波とその表面を伝わる表面波に大きく分けられる。地震波のP波とS波は、地盤(変形が小さい場合は地盤も弾性体である)の内部を伝わる実体波である。巨大地震の場合は、地球表面を何周もまわる表面波が観測される(表面波は実体波に比べて減衰し難い)。

弾性体として圧電材料(タンタル酸リチウムや水晶など、圧力を加えて変形すると電圧が誘起される(電圧を加えると圧力が生じて変形する)材料)を使用し、その表面に2つのくしの歯の部分を非接触で噛みあわせて対向させたくし型の電極(IDT(Inter Digital Transducer)と呼ばれる)を形成することにより、電気信号(電気的な振動)を弾性表面波(機械的な振動)に変換(逆変換)するデバイスがSAWデバイスである。くし型電極の歯の間隔(ピッチ)に等しい波長(周波数)の表面波のみが強く励振され、鋭い周波数選択性を持ったフィルタを実現できる。また、光速に近い電気信号が2000 m/s~5000 m/s程度の音速の弾性表面波に変換されるので、信号の波長が非常に短くなり小型のフィルタを実現できる。

IDTで励振された弾性表面波の伝搬方向に、対向するようにグレーティング反射器(弾性表面波の波長の1/2の間隔で配置された多数の反射素子で、各反射素子からの反射波が同相で重なりあって100%に近い反射率が得られる)を配置してファブリペロー共振器を形成したものがSAW共振子である。

弾性体の表面波については、以下を参照

弾性波動力学の3.5 レーレー波(Rayleigh Waves)(p27~p32)

「鬆徒労苦衷有迷禍荷苦痛構造 連続体の力学基礎を独習する」の10.3 表面波 10.3.1 Rayleigh 波(p492~p494)

SAW共振子については、以下を参照

エプソン水晶デバイスのトップページ > インフォメーション > 技術情報 > SAW共振子 SAWフィルタのMCF/SAWについて:SAW

traceable(トレーサブル)

測定器の測定確度に関する翻訳でtraceable(トレーサブル)という言葉がよく出てくる(例えば、PCBインピーダンステストの測定確度と相関の向上のp3)。

traceableを直訳すると「追跡可能」である。最近の消費者の安全志向、本物志向の高まりにより、食品のトレーサビリティ(食品が生産者から消費者に届くまでに、どうのような加工、流通経路を辿ったかを追跡可能であること)という言葉をよく耳にする。

トレーサビリティという言葉は、旧ソ連が人工衛星を世界で始めて打ち上げたときの驚き(スプートニックショック)に端を発した、米国の宇宙開発計画がその始まりとされている。ロケット開発では測定データの信頼性が不可欠なので、すべての測定器は当時の国立標準局(National Bureau of Standards(NBS)、現在はNational Institute of Standards and Technology(NIST))にトレーサーブルであるべきとされた。

測定器では、その測定値が標準の値(国家計量標準)にトレーサブルでないと、測定値の信頼性がなくなり、商品の製造、取引などに重大な影響を与える。したがって、日本では計量法に基づき、国家計量標準が定められ、国家計量標準につながる校正経路が確保されている。

測定器のトレーサビリティは、JIS Z8103:2000 計測用語に「不確かさがすべて表記された切れ目のない比較の連鎖(上の「国家計量標準につながる校正経路」)によって,決められた基準に結びつけられ得る測定結果又は標準の値の性質。基準は通常,国家標準又は国際標準である。」と定義されている。

トレーサビリティについては、以下を参照。

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