thermistor(サーミスタ)

データ収集システムに関する翻訳で、thermistor(サーミスタ)という言葉がよく出てくる(例えば、Keysight 34970A データ収集/スイッチ・ユニットのp2)。

温度測定は、非接触式と接触式に大きく分類される。非接触式の温度測定では、被測定物の表面から放射されている赤外線を検出して温度を測定する放射温度計が用いられる。接触式の温度測定では、熱電対RTD(測温抵抗体)、サーミスタが用いられる。サーミスタという用語は、Thermally Sensitive Resistor(熱に敏感な抵抗体)の発音を省略したものと言われている。サーミスタは、RTDに比べて、小型で、温度の変化に対する抵抗の変化が大きく(感度が高く)、安価なので、温度センサとして工業用途はもちろん、民生用機器(炊飯器やエアコン、電子体温計、リチウムイオン電池、自動車など)に広く使用されている。

サーミスタは、NTC(Negative Temperature Coefficient)サーミスタ、PTC(Positive Temperature Coefficient)サーミスタに分類される。NTCサーミスタは、負の温度係数(温度が上がると、抵抗値が減少する)を持ち、マンガン 、ニッケル、コバルトなどを成分とする酸化物を焼成したセラミックス(半導体)材料を用いるものが多い。PTCサーミスタは、正の温度係数(温度が上がると、抵抗値が増加する)を持ち、チタン酸バリウムに微量の希土類元素を添加してキューリー点を調整した材料を用いるものが多い。PTCサーミスタは、室温付近からキュリー点までは抵抗値がほぼ一定で、キュリー点を超えると急激に抵抗値が増加する性質があり、温度検出用途だけでなく、加熱保護や過電流保護などに使用されている。

サーミスタについては、以下を参照

村田製作所のホームページ > 製品情報 > サーミスタ

quantum bit(量子ビット)

量子ビット制御に関する翻訳に、quantum bit(量子ビット)という言葉が出てくる(例えば、Quantum Researchersツールキット+Labber)。量子ビットは、Quビット、Qビット、クビットとも呼ばれる。

通常のコンピュータの世界でのビット(1ビット)は、電圧が低いまたは高いで表される、0(偽)または1(真)の2つの状態の内のどちらか1つの状態を表わす(このようなビットを、量子ビットに対する用語として古典ビットと呼ぶ)。量子コンピュータの世界では、古典ビットに対応するものとして量子ビットが用いられる。1量子ビットは、量子力学の2準位系の基底ベクトルである2つの独立した状態を|0>と|1>として、

a|0>+b|1> (a、bは、|a|^2+|b|^2=1を満たす複素数。)

という状態ベクトル(量子力学の波動関数)で表される(|0>である確率が|a|^2、|1>である確率が|b|^2)。これは、観測するまでは、|0>の状態と|1>の状態が同時に存在していること(|0>の状態と|1>の状態の重ね合わせ状態であること)を意味していて、観測すると、確率|a|^2で|0>の状態に決まり、確率|b|^2で|0>の状態に決まることを意味する。2量子ビットは、同様に、

a|00>+b|01>+c|10>+d|11> (a、b、c、dは、|a|^2+|b|^2+|c|^2+|d|^2=1を満たす複素数。)

のように4つの状態を同時に表現可能(4つの状態の重ね合わせ状態を実現可能)である。n量子ビットでは、2^n個の状態を同時に表現可能(2^n個の状態の重ね合わせ状態を実現可能)である。古典ビットでは、nビット(n個のビット並び)で表現可能な2^n個の組み合わせ(00…0~11…1)の内の1つしか表現できない。このことが、n量子ビットとn古典ビットの違いであり、2^n個の状態を同時に表現可能な量子ビットを用いた量子コンピュータにより、超並列計算が可能になる理由の1つである。

量子コンピュータで計算を行なうには、量子ビットに対する操作(演算)が必要であるが、量子力学では重ね合わせの原理(全確率(|状態ベクトル|^2)の保存)が成り立つことから、状態ベクトル(量子ビット)の操作(遷移または時間発展)をユニタリ変換により行なうことができる。すなわち、n量子ビット(2^n個の状態の重ね合わせ状態)に対してユニタリ変換を1回行なうだけで、同時に2^n個の状態に対する並列計算を行なうことができる。これが、量子コンピュータで超並列計算が可能になるもう1つの理由である。

このように量子コンピュータの原理は(量子エンタングルメントを除いて)比較的分かり易いが、量子ビットの初期化、演算、読み出し(観測)をどのようにハードウェアで実装するかは、非常に難しい。

量子計算の原理については、以下を参照。

フレッシュマンに贈る量子計算の概略と基礎

量子エンタングルメントによる量子情報処理

量子ビットのハードウェア実装については、以下を参照。

量子コンピュータの基本素子・量子ビットのハードウェア実装(シリコン編その1~素子構造~)

量子コンピュータの基本素子・量子ビットのハードウェア実装(シリコン編その2~スピンとは何か~)

量子コンピュータの基本素子・量子ビットのハードウェア実装(シリコン編その3~データの初期化と読み出し~)

量子コンピュータの基本素子・量子ビットのハードウェア実装(シリコン編その4~データの書き込み・演算~)

MUSIC

レーダーのシミュレーションに関する翻訳に、MUSICという言葉が出てくる(例えば、Keysight W1908 車載レーダーライブラリのp2の図1)。

MUSICは、MUltiple SIgnal Classificationの略で、アレイ・アンテナを用いて、波源(電波の発射元)の個数とそれらの方向を推定するための手法(アルゴリズム)である。マイクロフォン・アレイを用いて音源の方向を推定するためにも利用されている。

アレイ・アンテナにより波源の方向(電波が飛んで来る方向という意味で到来方向(Direction of Arrival、DOA)と呼ばれる)を推定する手法として最も基本的なものは、ビームフォーミング法である。この手法では、アレイ・アンテナを構成する各アンテナ素子からの信号の位相を調整することにより、メインローブ(アレイ・アンテナの指向性が最大となる方向で、主ビームとも呼ばれる)を形成し、それを全方向にわたって走査することにより、アレイ・アンテナからの出力が大きくなる方向を波源の方向として求める。この手法では、近接した方向を分離するために(高い角度分解能を得るために)指向性の鋭いメインローブが必要であり、そのために、素子数の多い(したがって、高価な)アレイ・アンテナが必要になるという欠点がある。少ない素子数で角度分解能を大幅に高める手法として、MUSIC法がある。MUSIC法も軍事技術での研究が元になっているが、素子数が少なく安価に高分解能が得られることから、自動車に搭載する衝突防止用ミリ波レーダーや電子機器のノイズ源の探知などでの利用が研究されている。

MUSIC法は、RALPH 0. SCHMIDTが「Multiple Emitter Location and Signal Parameter Estimation」という論文で名付けた方法で、ここで詳細に説明するのは難しいが、概要は以下のようである。

K個のアンテナ素子が配置されたアレイ・アンテナに、L個の波源から角度θ_l(l=1、2、…、L)で平面波が到達すると、各素子で受信される信号は、行路差d_k×sinθ_l(k=1、2、…、K)に起因する位相差φ_k(l)=2π×(d_k×sinθ_l/λ)のみが異なる信号である。したがって、l番目の到来波の時刻tにおける各素子での複素信号をs_l(t)として、各アンテナ素子が無指向性で素子間結合がない場合は、各素子での時刻tにおける受信信号は、

x(k,t)=Σs_l(t)×exp(jφ_k(l))+v(k,t)、Σはl=1からLまでの和、v(k,t)は平均0、分散σ^2の各素子の内部白色雑音(熱雑音)で各素子毎に独立であると仮定する

と書ける。上の式の各素子の受信信号x(k,t)、k=1、2、…、Kをまとめて転置ベクトルX(t)=[x(1,t)、x(2,t)、…、x(K,t)]^Tで表し、exp(jφ_k(l))=exp(j(2π×(d_k×sinθ_l/λ)))、k=1、2、…、LをまとめてベクトルA=[a(θ_1)、a(θ_2)、…、a(θ_L)]で表し(ベクトルAは各素子での位相差を表し、方向ベクトル(ステアリングベクトル、モードベクトル)と呼ばれる)、s_l(t)、k=1、2、…、Lをまとめて転置ベクトルS(t)=[s_1(t)、s_2(t)、…、s_L(t)]^Tで表わし、v(k,t)、k=1、2、…Kをまとめて転置ベクトルV(t)=[v(1,t)、v(2,t)、…、v(K,t)]^Tで表わすと、

X(t)=AS(t)+V(t)

と書ける。ここで、各素子の受信信号の相関(コヒーレンス)を表わす相関行列Rxxは、

Rxx=E[X(t)X(t)~H]、E[・]はアンサンブル平均または時間平均、X(t)~HはX(t)のエルミート共役を表わす
=AE[S(t)S(t)~H]A~H+σ^2I、IはK×Kの単位行列
=ASA~H+σ^2I、S=E[S(t)S(t)~H]は到来波の相関行列 (1)

と表される。線形代数学の結果を用いると、入射するK個の信号に相関がない場合(インコヒーレントの場合)は、Rxxは、その固有値λ_kと固有ベクトルv_k、k=1、2、…、Kに分解でき、

Rxx=VΛV~H、ここで、V=[v_1、v_2、…、v_K]、Λ=対角成分が固有値λ_k(k=1、2、…K)の対角行列

となる。各素子での信号と雑音が無相関の場合は、固有値には、

λ_1≧λ_2≧…≧λ_L>λ_L+1=…=λ_K=σ^2

の関係があり、L個の固有値は雑音電力σ^2より大きく、(K-L)個の固有値はσ^2に等しくなる。この結果から到来波の個数Lがわかる。

また、σ^2の固有値に対応する固有ベクトルを[e_L+1、e_L+2、…、e_L+K]=[v_L+1、v_L+2、…、v_L+K]と書くと、(1)式から、

Rxxe_i=(ASA~H+σ^2I)e_i=λ_ie_i=σ^2e_i、(i=L+1、…、K)

が成り立つことから、ASA~He_i=0、(i=L+1、…、K)が得られる。AとSのランクはKで正則なので(入射するK個の信号に相関がないと仮定しているので)、A~He_i=0、(i=L+1、…、K)である。上でA=[a(θ_1)、a(θ_2)、…、a(θ_L)]と定義しているので、これは、

a~H(θ_l)e_i=0、(l=1、2、…、L;i=L+1、…、K) (2)

と書け、到来波の方向ベクトルと雑音の固有ベクトルが直交していることがわかる。

MUSIC法では、

Pmusic(θ)=a~H(θ)a(θ)/Σ|a~H(θ_l)e_i|^2、Σはi=L+1からKまでの和

で表される関数を定義し、θを掃引することにより、θが到来波の方向と一致すると(すなわち、θ=θ_1、θ_2、…、θ_Lのときに)、(2)式からPmusic(θ)の分母がゼロになり、Pmusic(θ)が鋭いピークを示すので、高分解能で到来方向を推定できる。

MUSIC法については、以下を参照。

狭帯域信号の到来方向推定

MUSIC法による高分解能推定

Multiple Emitter Location and Signal Parameter Estimation(MUSIC法の原論文)