着物に明日はあるか?

先日アメリカ人の友人から着物について教えてほしいと電話があった。90歳になった隣人が老人ホームに移ることになり、所有している着物をもらってもらえないか、とその隣人の娘たちに言われ、すべてもらったとのこと。何をもらったのか、何が何なのかさっぱりわからないから、説明してくれ、という。母と行ってみると、帯、着物、襦袢、羽織、道行など全部で30点以上あった。中を開いてみると、娘さんの七五三用の着物、成人式の振袖、中振袖、ご本人の喪服や色無地(紋付)、普段着に着ていたのか生地が柔らかくなっている紬、絣、金糸をたっぷり使った帯などがきれいに保管されていた。着物の柄はさまざまで、桜、藤と鼓、夏の単衣はなでしこ、桔梗、菊。たとう紙には古びた字で「伊勢丹」「鈴乃屋」の文字があった。紐を解き、説明をしながら何となく泣きたくなった。これはまさにこの持ち主の人生そのものだ。友人は柄や生地や織りの種類を一つ一つメモに取り、たとうに貼り付けていく。「着物は季節に着れる柄が決まっているの。桜の柄を秋に着ることはできない。帯と着物の格は揃えなければいけない。これは家紋。family emblem。お嫁に行くときは相手の紋を聞き、喪服や色無地にはその紋をつけるの。これは刺繍でつけているけれど、「抜き」といって染める前に刺繍をし、染めた後に糸を抜いて白くすることもある」こんな母の説明を友人はとても興味深そうに聞いて丹念にメモを取っていた。一通りみたあと、「ねえ、これ、どうするの?」と私が聞くと「もちろん着ることはできないわ。サイズが違うし、着方も難しい。覚えるのはとても無理。家族が1枚ずつ気に入ったものを記念に保管して、帯はテーブルセンターに使おうかな。お土産に持って行って、リビングの壁に壁掛けのように使ってもらう、というのはどうかしら。アメリカのリビングには合うと思う。帯締めはベルトになるわね。」と楽しそうに話していた。なるほどなあ…..うちは母が着物好きだけれど、もうしばらく着ていない。以前私自身も着付けを習っていたのだけれど、もう忘れてしまった。着物は日本人のアイデンティティ、と外国人と食事をするときはなるべく着物を着るようにしているくらい。そう思っていたら今日の朝日新聞に「着物に明日はあるか??」という記事がでていた。記事によると1967年には20代以上の女性の3割が6-10枚の絹の着物を持っていたが、2008年では着物の着用経験者の約36%が保有量がゼロだったそうだ。カンボジアでの縫製、外国人デザイナーの登用など、新しい試みも行われているがそもそも需要が少ないのだから、なかなか厳しい。でも着物を着たときのシャキッとした感触が好きだ。これからせいぜい母に着方を習うとしよう。

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