Social network(ソーシャルネットワーク)

ネットサービスの世界では、Social Networking Serviceのことを指したりするが厳密に訳した方がいい。Social Networking Serviceは略してSNSと言ったりするが、ネットワーク上で会員制のコミュニケーションの場(コミュニティサイト)を提供しているサービスということになる。訳すとしたら、ソーシャルネットワーキングサービス。これを安易に”ソーシャルネットワーク”とすると、後々整合性が保てなくなったりする。また、社会的ネットワークと言う場合は、ネット上だけではなく社会におけるさまざまな繋がりを示唆しているので、”ソーシャル~”と”社会的~”は、うまく使い分けた方がいいだろう。
ソーシャルネットワーキングサービスの代表的なものに、日本だとmixi(ミクシィ)、GREE(グリー)、Mobage(モバゲー)、海外だとFacebook(フェイスブック)、Myspace(マイスペース)などがある。招待制や登録制によって会員を増やすのだが、一般のブログでもコメントやトラックバック機能を付ければ、そのサイトもソーシャルネットワークと言えなくもない。因みに、映画『ソーシャル・ネットワーク』はFacebookの創設者(マーク・ザッカーバーグ)らをドラマ化した2010年の作品。原題の”The Social Network”をそのまま訳したタイトルだが、原作の英語タイトルは『The Accidental Billionaires(偶然の億万長者たち)』。ネット社会の偶然の産物、不慮の幸運ってとこなのかな~。ピッたし!のタイトルかも?

『見える化』

「見える化」という言葉が、以前にも増して流行っている。昨今の世界経済の落ち込みによる企業の業績低迷が影響しているのだろうか。この「見える化」という言葉だが、英語にはピタッとくる単語がない。

一つの英単語で表現せざるを得ないとすれば、Visulaization(可視化)なのだろうが、”Mieruka”として説明を付けた方が正確に意味を伝えられるのかもしれない。何がなんでも1単語で表現したいというのであれば、Transparency(透明性)がいい。つまり、透明性を高めることで問題を見つけ、その問題を誰もが理解できるように明確にしていくことが可能となるからだ。とは言ってみたものの、そもそも日本語として「見える化」の定義が社会全般に認知されているのだろうか。

「見える化」とは、文字どおり”見えないものを見えるようにする”ということなのだが、「見える化」が万能薬のように扱われてはいけない。企業においては、問題を「見える化」さえすれば企業が自動的に強くなるというわけではないはずだ。

「見える化」は、単に手段であり目的であってはならない。問題を「見える化」するだけでは、野次馬を増やすだけの結果を招きかねない。大切なのは、問題を解決していこうとする社員の強い意識である。現場の意識を高めることが企業を強化することに繋がる。堂々巡りのような言い方をすれば、その意識を高める手段の一つが「見える化」となる。極論すれば、意識がない現場で「見える化」に先走ってはならない

IT関連ドキュメントの翻訳をしていると、イノベーション(革新)という言葉を見かけない日はない。技術、概念、仕組み、サービスといったものが業界に革新を起こし続けているのは確かだ。が、イノベーションをもたらすのは、実は社員の意識、現場のパワーだということを忘れてはいないだろうか。

先日、そんな警鐘を鳴らすドキュメントと出会った。企業の管理者層に対する啓蒙資料のようなものだったが、そのドキュメントを作成した企業は、その啓蒙が成功すれば、確実に業績を回復させ、さらに発展し、より多くの人から”選ばれる企業”となっていくだろうと思った。

Accessibility(アクセシビリティ)

カタカナの訳語にしてしまうこと自体、意味をわかりにくくしているのかもしれない。アクセス性(アクセスのしやすさ)を意味しているのだが、概念は幅広い。類語としてアベイラビリティ(可用性)やユーザビリティ(使いやすさ)も考えられなくもないが、概念の広さが違いすぎる。一般的には障害者や高齢者などへの対応性を語る場合に用いる。例えば日本では、建物や施設の(内外の)段差を取り除いて利用しやすくしていることをバリアフリーと言うが、英語圏ではアクセシビリティを使う。IT分野では、Web閲覧環境への対応性をWebアクセシビリティなどと言う。また、ユーザー補助(機能)を指す場合もある。何れにしても、利用者に使いやすく配慮がなされているかが問われている。