スポーツ通訳者さんたちの情熱

この3年間で、オンラインによる講座やセミナーの開催数が急増し、学習の機会が大きく広がりました。私の場合はCourseraやFutureLearn、Peatixなどを利用して、業務に直結するセミナーから、趣味に関する講座までいろいろと受講してきました。
そんな中、昨年末には「【第5回つーほんウェビナー】スポーツ通訳者大集合! ~人気競技の言語サポート事情とは~」を受講しました。しかし受講の動機は、英語のプロ中のプロのお話を通じて、英語についての視野を広げ、業務にも生かしたい…などという高尚なものではありませんでした。単純に、登壇する通訳者さんのお1人のファンなので、英語や日々のお仕事に関するお考えをじっくり伺える貴重な機会!という程度のものだったのです。
当日は3人の通訳者さんそれぞれから、通訳者になる以前の英語との関わり、スポーツ通訳者になる経緯、そして現在のお仕事の内容、現場でどのようにチームや選手を支えているのか、さまざまなエピソードを交えて聞かせていただきました。
約2時間のお話の中で、特に印象に残ったことが2つあります。

1つ目は、「英語が好き」「だからもっと上達したい」という強い気持ちを、皆さんが持ち続けていらっしゃること。
日ごろテレビ中継やスタジアムで拝見している神業のような(時に過酷に思える)お仕事を支えているものの1つが、このシンプルなモチベーションだとは想像していませんでした。私自身が英語を勉強してきた理由が「好きだから」ではないためかもしれません。プロとしてひたすら準備をし、技術を磨き、さまざまな課題に取り組み続けている方々が、明るく「英語が好きだから」とおっしゃる様子が胸に響きました。
もう1つは、皆さん通訳者としてだけでも非常にご多忙なはずなのに、携わっているスポーツや選手たちの将来、さらにはスポーツビジネス全体の発展につながるアクションも起こしていらっしゃること。
ご自分のことのみならず、周囲の人々や環境をも「もっと良くしよう」「価値を高めていこう」と真摯に考えて、スポーツ界に広範に貢献されていることに改めて感銘を受けました。

上述のように軽い気持ちで聴講を申し込んだウェビナーでしたが、通訳者としてだけでなく人間としても超一流の方々の熱い思いやアクティブな姿勢に心打たれました。
目の前のことで精一杯なときも多いけれど、自分にできることを少しずつでも積み重ねていかなくては、と深く自省しております。

なお、10月末までの期間限定で、本ウェビナーを含む一部つーほんウェビナーのアーカイブ動画のレンタル販売を実施中とのことです。
スポーツ通訳者を目指す方はもちろん、私のようにスポーツ観戦を趣味としている方にも、ぜひお勧めしたいウェビナーです。

美味しい紅茶のおはなし

紅茶よりコーヒーの方が好きなのだが、それでも美味しく淹れた紅茶を飲むとそれはそれでいいなあと思う。

最近、イギリス人の紅茶離れが進んでいるという記事を読んだ。若者にはコーヒーの方が人気があるらしい。残念だ。

イギリス小説には紅茶に関する記述がよく出てくる。

アーサー・ヘイリー(これはアメリカ小説だけど)の「Airport」(邦題:大空港)では、イギリス人のキャビンアテンダントに正しい紅茶の淹れ方を習ったパイロットが彼女にお茶を用意するシーンがある。「紅茶の葉がお湯に触れるその瞬間までお湯は沸騰していなければいけない」のだそうだ。この言葉はいつも紅茶を入れるたび、私に響く。

アガサ・クリスティ作品にも紅茶に関する記述がよく出てくる。

「Pocket full of Ryes 」(邦題:ポケットにライ麦を)ではタイピストたちが順番に皆に紅茶を淹れるのだが、新人のタイピストが淹れた紅茶を飲んだ古参のタイピストが叱責する。
「またお湯がちゃんと湧いていませんよ!」
「すみません!今度は大丈夫と思ったのですが….」
沸騰していないお湯で入れた紅茶は飲むに堪えないのだ。解雇に値するほど。

「The Hollow」(邦題:ホロー荘の殺人)ではエルキュール・ポワロがジャップ警視に紅茶をふるまうシーンがある。生粋のイギリス人のジャップ警視は憂鬱である。ポワロの淹れた紅茶は薄くてまずいのだ。
「まったく外国人はお茶の入れ方が分かっていない。薄い。おまけにこれは中国の紅茶だ。」(インドのセイロンあたりがいいのかな)
それなのにポワロは「濃すぎませんか?お湯がありますよ」と聞く。

「マリーゴールドホテル 2」ではイギリスの名女優マギー・スミス演じるホテルの経営者がアメリカ人の不動産業者とやり合うシーンがある。ティーバックで入れた紅茶を出されたマギー・スミスは「こんなxxxのような紅茶は飲めない。熱いお湯で紅茶の茶葉をポットの中で躍らせなくてはいけないのよ!熱々のお湯もってこい!」とたんかをきる。(お湯が運ばれる)

最近、読んだアンソニーホロビッツの「Moonflower Murder」(邦題:ヨルガオ殺人事件)では、殺人の被害者の親戚を訪れたスーザンが、その家のホストに「Builer’s or Peppermint?」と聞かれる。Builder’s(ビルダーズティー)とは、建設現場で働く労働者(Builders)が休憩時間に好んで飲んだミルクと砂糖が入った濃い紅茶である(ちなみにスーザンはBuilder’sを選んでいた)。これには懐かしい想い出がある。

イギリスのバースに留学していた時、毎日11時にイレブンス(11時に紅茶を飲む休憩)があり、アツアツのミルクティー(Builder’sだった)とビスケットが生徒と教師に提供された。毎日1時間目の授業が終わって廊下に出るとマグカップがずらーっと並べられていた。カップも中に入った紅茶も熱々ですぐには飲めないほどだった。どうやってこのタイミングを狙ってこれだけの量のミルクティーが用意できるのだろうといつも感心していた。多分大量の沸騰したお湯を用意し、ポットとカップを熱々に温め、ミルクもしっかり温め、ギリギリのタイミングで入れるのだろう。お砂糖がたっぷり入っていて、疲れた頭によく染みた。確かにこの頃は街にコーヒーを出す店があまりなくて、コーヒーを飲まないと頭が痛くなる私はわざわざ駅まで行って学校帰りに濃いコーヒーを飲んでいた。その代わり紅茶はどこで飲んでも確実に美味しかった。

こういう伝統が少しずつ薄れていくのは寂しい。

日本も昔はティードリンカーだったが、今はご飯の後に熱いお番茶を飲む家庭は少なくなったのではないだろうか。
うちは父がどんなに暑い日でもご飯の後に熱いほうじ茶を欲しがるので、それが習慣になっている。熱いお茶は食事のときに摂った塩分や油分を流して口の中をさっぱりさせてくれる。
大学時代にバイト先の店長がバイトを全員呼んでお鍋をふるまってくれたことがある。その時にいた男子が「ぼく、田舎者だから食事の最後に熱い番茶がないと終わった気がしないんですよ」と言っていた。そっか、田舎がそうなのか、と「あーうちもそう」と共感したことを覚えている。確かに京都では熱々の番茶よりも、熱冷ましをしたお湯で入れた甘ーく感じる緑茶がよく出たように思う。田舎者でもいい。あつーい番茶を食事の後にじっくり飲みたい。